浮気調査

女性の浮気は増えたのか?

『探偵はここにいる』(駒草出版)は、9人の探偵と1人の依頼者に話を聞いたノンフィクション。小説やドラマに登場する探偵はヒーローだが、実際の探偵はどのような仕事をしていて、どういう世界を垣間見ているのか。取材時に聞いた生々しい話を数回に分けて伝えていく予定である。

とある水曜日の情事

とある水曜日の午後5時半、女探偵は会社から出てきた40代女性の尾行を開始した。第一対象者である女性の顔には、仕事で疲れた様子は見受けられない。どちらかといえば、喜びと楽しみの感情がこぼれ落ちたような顔だった。少なくとも女探偵の目にはそう映った。

 探偵社に依頼してきたのは40代後半の男性。妻の浮気を疑って……、というよりはほぼ確信に近い状況での依頼だった。妻が「こういう人と会うんだ」と友人に話していたのが、夫である依頼者の耳に入ったのだ。

 依頼者は、それまで妻の浮気など頭にもよぎらなかった。「浮気しているかもしれない」といわれても、すぐには信じられなかった。しかし一度、疑いが生まれると、疑念の炎は少しずつ大きくなる。毎月2回ほどの友人との外食、パスコードが設定されたスマホ、新調された下着、そして最近の生き生きとした表情……。それらすべてが依頼者の心を蝕んでいく。疑惑の沼から抜け出すには、真実を知るしかない。たとえ最悪の結果だったとしても。

とある水曜日の午前7時20分、女性は夫に今日の帰りが遅くなる旨を伝えた。帰りに友人と飲みに行くというのだ。何気ないフリをしていた男は、自宅を出てすぐに探偵社に連絡した。「今日みたいです」と。

 男はすでに探偵社に調査を依頼しており、妻が浮気相手と逢瀬を交わす日を待っていたのだ。闇雲に張り込み・尾行をしても空振りに終われば、調査費だけがかさんでいく。効率的に調査を行うためにも、探偵と依頼者との間で情報共有は欠かせない。

 つけられているとは思いもよらないイチタイの足どりは、心なしか軽い。ローヒールが奏でる小気味いい音は、美しいメロディのように感じられた。ちなみに、イチタイとは業界用語で第一対象者のこと。調査対象者である依頼者の妻がイチタイだ。妻の浮気相手が現れれば、彼が第二対象者となり、ニタイと呼ばれる。

 午後6時半、イチタイの女性は居酒屋に入った。女探偵は居酒屋の外で張り込む。20分ほど経ったころ、女探偵が居酒屋に入る。「待ち合わせなんですけど、もう来ているかもしれないので中を見てもいいですか?」と店員にことわって、店内を見渡す。

 イチタイは男性と一緒だった。その様子をさりげなく動画で撮影する。男性は同年代で、ガタイのいい体育系のさわやかイケメンだ。ほんの数秒ではあったが、男性と一緒に食事をしている証拠が取れた。女探偵は「まだだったみたいです」といって店内を後にした。

 午後9時半すぎ、イチタイはニタイと一緒に居酒屋から出てきた。その間、女探偵は外でずっと立っていた。居酒屋の出入り口が見える場所に座れる場所、いわゆる大人の女性が座っていても不自然ではない場所がなかったのだ。

「立ち」と呼ばれる立ったままでの張り込みは、探偵にとって最も苦痛な仕事である。長時間の張り込みも大変だが、車の中であれば、座ることもできるし、音楽を聞いたりすることもできる。何もしないでただ立っていることほど辛いものはない。

 イチタイとニタイは手を繋いでいなかったが、肩を寄せ合うようにして歩いていく。その姿は、まるで恋人のようだった。2人は、薄暗い公園に行き、ベンチに腰を落とした。

 そこで、女探偵は見た。2人の濃厚なキスを――。誰が見ても愛し合っている2人の濃密で烈しいキスだった。最近の感度のいいビデオカメラであれば、公園の街灯程度の光でも2人の様子を捉えることができる。

 とある水曜日の浮気シーンは、それで終わりだった。2人は別れを告げ、それぞれの家に帰っていった。後日の調査で、浮気相手(ニタイ)がイチタイが通っている体操教室の先生であることが判明した。

依頼者の男女比は、だいたい6対4

探偵社への依頼は、約8割が浮気調査だという(探偵社によって異なる)。一昔前は女性からの依頼、つまり夫である男性の浮気調査が多かったが、最近は男性からの依頼も増えてきたそうだ。ある探偵社の社長は、「だいたい6対4くらいですね」といっていた。

 さらに、女性の浮気が増えてきた理由は女性の社会進出によるものだと、社長はいう。会社に出社し、隣の席に異性がいれば、恋が芽生えるも仕方がない。パートであっても同じこと。スーパーでレジを担当するパートの女性が男性社員と恋仲になったり、宅急便の受付の女性と配達員の男性が仲良くなったりすることも多いそうだ。

 男女の雇用機会が均等になれば、同時に浮気の機会も均等になるのかもしれない。女性の社会進出が増えると、その分浮気も増える。この状況をどう見ればいいのか、悩ましいところだ。

 資本主義社会で暮らす我々にとって、平等とは機会の平等のことをいう。結局は弱肉強食の世界ではあるが、教育の機会、雇用の機会、昇進の機会は誰にも平等に与えられる。簡単にいえば、全員が金持ちにはなれないが、誰にでも金持ちになるチャンスは存在する、ということだ。

 これを浮気に置き換えると、浮気するかどうかは個人の判断によるが、浮気する機会は誰にでも与えられている、となる。ならば、社会に出て活躍し、一方で浮気する女性が増えている現象は止められない。「男というのはそういう生き物だ」と開き直る浮気男の言い訳も成立しなくなる。

 男性の場合、浮気するためには「金」と「時間」が必要だ。浮気相手とデートをするのも、ホテルに行くのにもお金がかかる。女性の場合も同じだが、男性ほど「金」は求められていない。ホストや若いアーティストにのめり込んで、ヒモのような状態にならない限り、金銭的なハードルは低い。

 逆に、心情的なハードルは高いように感じた。個人差があるので一般論としてはいえないが、取材で聞いた限り、女性のほうが泥沼化しているケースが多かったのだ。浮気相手に身も心も奪われ、家族を顧みずに相手の家に入り浸る。そういう案件をいくつも聞いた。

 男性よりも女性のほうが心を大事にする。その分、泥沼にはまり込んだら抜け出すことが難しい。心情的ハードルが高いだけに、一度ハードルを越えると、戻ってくるハードルも高くなるのだろう。それを性別で分けるのは今どきではないが、統計的に見ると、そういえるのではないだろうか。

男性は相手の浮気に気づかない?

別の角度から見ると、男性のほうが相手の浮気に気づきにくいという実態があるようだ。女性のほうがカンが鋭いのは、相手の行動を細かく見ているからだろう。気遣いができるのも、相手の気持ちに共感できるのも、人を観察する能力に長けている所以である。

 自宅に帰ってきた夫の様子がいつも違う。わずかだが、心にほんのりと浮ついたフワフワ感がある。いつもより優しかったり、逆にすぐに癇癪を起こしたり……。男性は嘘が下手というけれど、女性が鋭いからでもある。

 一方、夫は妻の変化に気づきにくい。化粧が変わっても気づかない男性諸君も多いのではないだろうか。どういった服を持っているのか、下着まで含めて把握している男性は少ない。

 決して妻に興味がないわけではなく、服装や髪型といったファッションに興味がないのだ。頭の中にあるのは、仕事のこと、ビールを飲むこと、プロ野球のこと、そして漫画を描くことだけ……。まぁそれは私の話だが、だいたいの中年男性は同じようなものだろう(たぶん)。

 事情はさまざまだが、夫が妻の浮気を疑い出したとき、時すでに遅しのことが多い。気づくのが遅くなればなるほど、妻は浮気相手に心酔してしまう。夫婦関係を修復することは、ほぼ不可能である。

 女性の浮気調査が増えたことで重宝されるのが、女性の探偵だ。女性を尾行する際、男性探偵よりも女性探偵のほうが圧倒的に警戒されにくいからだ。夜中に歩いている女性、その後ろを見知らぬ男が歩いている。その状況を想像するだけでも恐ろしい。夜道で後ろを気にしない女性はいないはず。つけているわけではないのに、こっち(男)が変に思われていないか気にしてしまうくらいだ。

 電車で肌と肌が擦れ合うくらいまで接近するときも、エレベーターで他人を装って同乗するときも、マンションの建物内に入っていくときも、探偵が女性のほうが、対象者である女性の警戒心は弱くなる。

 女性の浮気が増えれば、それだけ女性の探偵も増えるのである。本当に女性の浮気が増えているのか、もともと多かったものが公になっただけなのかは断言できないが、女性の探偵が増えてきている現状、女性の探偵に指名が多くなっている状況だけは間違いない。

 そもそも浮気とは相手がいて成立するものである。女性の浮気が増えれば男性の浮気も増えているわけでもある。一概にどちらが増えているとはいえないのかもしれない。

 不道徳な行為として世間から糾弾されることが多い浮気。頭ではわかっていても、心が求めてしまうジレンマに、社会の歪、夫婦の鬱屈が現れているように感じた。

 

森 秀治(もり・ひではる)

1976年生まれ。神戸大学自然科学研究科地球惑星科学専攻修了。京都在住の編集者&ライター、ところによりノンフィクション作家。『探偵はここにいる』(駒草出版)発売中。

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