探偵コラム

盗聴器はどこに消えた?

被害妄想に取り憑かれた依頼者

 探偵社には、盗聴器の発見調査の依頼もある。盗聴器は発信機から受信機に電波を飛ばすもの。室内などに仕掛けられた発信機が拾った音を特定の周波数の電波に変換し、同じ周波数にセットされた受信機で録音。仕組みはラジオと同じである。調査する側の受信機も、周波数を合わせる(スキャンする)ことで、盗聴器がセットされていないかを調べることができる。

 盗聴器の発見調査は、探偵の仕事ではあるが、探偵業法の届け出が必要ない行為であるため、本来は誰でもできる。現在は、低価格で盗聴器発見機を購入できるが、それでも探偵社に「盗聴器が仕掛けられているかもしれない」という調査依頼がくる。

 ところが、その依頼のほとんどが依頼者の被害妄想だという。

 例えば、依頼者が外出して帰ったら、家の中のものが移動していた(と本人は思った)。またあるときは、ダイニングテーブルに置いてあったものがなくなっていた(と本人は思った)。依頼者は、「盗聴器が仕掛けられていて、自分が外出したのを見計らって、誰かが家の中に侵入しているに違いない」と本気で思っている。

 このように、「パラノイアではないか」と疑われる依頼が多いのだ。パラノイア(偏執病)とは、不安や恐怖といった感情が強くなりすぎて、常に他人が自分の悪口をいったり批判をしているなど、異常な妄想を抱く精神疾患である。

 依頼者が街中を歩いていると、女子高生が会話をしているのだが、彼女たちは依頼者の悪口をいっている(と本人は思っている)。「家に盗聴器があって、それを女子高生たちが聞いていて、私の悪口をいっているのよ。だから、盗聴器を探してほしい」という依頼もあったという。本人は真剣に疑っているのだが、当然ながら家の中を探しても盗聴器は見つからない。

 実際に調査した探偵はいう。

「調査自体は30分くらいで終わるのですが、後はカウンセリングみたいになってしまいますね。実際の盗聴器と受信機を見せて、盗聴器が仕掛けられていれば、この受信機が反応しますよ、みたいにデモンストレーション的なことをして説得します。もう論理的に客観的に盗聴器が仕掛けられていないことを証明するしかないですよね」

 安心を求めて依頼してくる人も多いそうだ。「たぶんないと思うのだけど、もしかしたら……」という疑いが払拭できずに依頼してくるのだ。プロの探偵が調査して出てこないのであれば、100パーセントではないけれど、安心が得られる。探偵も「盗聴器はありません!」とキッパリ断言するようにしている。

「それでも納得しない人もいますね。あなたが来るのがバレて、電源を切られているだけだっていい張る人もいます」

 他にも、スパイ衛星に見られているという人や、壁に画鋲を刺した穴があり、そこにカメラが仕掛けられていて、その映像がネットに流出しているという人もいたそうだ。

まれに盗聴器が発見されることもあるが、それは身内が仕掛けたケースがほとんどだという。自分が会社に行っている間に妻が浮気をしていないか、妻が電話でどういう会話をしているのか、夫が気になって仕掛けているケースもある。ストーカー夫なのか束縛夫なのかわからないが、愛情が過ぎると恐怖に変わるのは、結婚をした後も変わらないようだ。

 話を聞いた中堅探偵は、これまでに一度も盗聴器を見つけたことがないそうだ。すべて被害妄想による依頼ばかりだった。

「極端な話、身内だったらICレコーダーを隠しておけばいい話なので、わざわざ盗聴器を仕掛ける必要がないですからね」

 テレビや雑誌、ネットの情報では、盗聴器は年間30万台から40万台も販売されているという。販売調査の元データが見当たらないので怪しいが、事実ならば、それだけの数の盗聴器はどこに潜んでいるのだろうか。想像すると怖い話である。被害妄想にかられてしまう気持ちもわからなくはない。

5分ですべてを終える盗聴職人

 あるベテラン探偵は、友人(彼も探偵)から聞いた盗聴のエピソード(探偵業法が施行される前の話)を語ってくれた。

 彼は有名なスポーツ選手の家に盗聴器を仕掛けたこともあれば、何人もの大物政治家を盗聴したこともあるという。

 戸建ての家では、電柱によじ登って電話線に盗聴器を仕掛ける(注・固定電話が主流だった時代の話である)。マンションの場合だと、配電盤と呼ばれるボックスの中に盗聴器を取りつける。ただ、配電盤の中にはマンションの部屋数だけ配線があり、どれが対象者のものかわからない。

 そのため、もう一人の探偵が盗聴する相手の家に電話をかけ、その間に目的の配線を探し当てるのだ。電話中でないと検知できないため、通話を延ばさなければいけない。

 仕掛ける相手が政治家だとすると、「先生はご在宅ですか?」といって電話をかけ、「この前の講演会、素晴らしかったです」とか「個人献金はどうすればできますか?」とか、適当なことをいって時間稼ぎをする。

 携帯電話が普及していなかった時代は、公衆電話を使うわけだが、探偵同士の姿が見えないため、かける時間を決めておき、5分以上は通話を長引かせないというルールで行っていたそうだ。

 それ以上だと、怪しまれるからだろう。5分で無理だったら撤収する。危険を冒さず、無茶をしないことが重要である。

 腕のいい探偵は、何十本もある配線の中から3本くらいに絞ることができる。何階の何号室かはわかっているので、経験と勘で当たりをつけておくのだ。ビニールの皮膜を剥がして検知するので、すべての配線を調べる時間はない。狙いどおりの配線が判明したら、小さな箱を取りつける。そこまでの作業を5分で終わらせなければいけない。

 小さな箱は20メートルくらいまで音声を飛ばすことができる無線機。カセットテープを仕込んだ受信機を適当なところに隠し、作業は終了。カセットテープは、電話がかかってきたときだけ作動する。それでも2日に1回は交換する必要がある。

 盗聴器を他人の電話回線に取りつける行為は、電波通信事業法に違反する犯罪ではあるが、盗聴は情報を得るための有効な方法であることも確かであった。

探偵が盗聴で逮捕された事件

 2003年、大手消費者金融会社・武富士の武井保雄会長(当時)が逮捕された。容疑は、電気通信事業法違反、いわゆる盗聴である。飛ぶ鳥を落とす勢いだった金融会社の、しかも上場を果たした企業の闇が暴かれた一大事件だった。

 発端は2000年秋に武富士の株価が暴落したことによる。ある雑誌の記事が原因と判断した武井は、執筆者だったジャーナリストの盗聴を指示。付き合いのあった探偵社に依頼して、ジャーナリスト宅に盗聴器を仕掛けた。その盗聴器を仕掛けたのが、話を聞かせてくれたベテラン探偵の友人だった。

 やがて、盗聴を依頼した法務課長の内部告発によって事件が明るみに出る。武井の逮捕に連動して、実際に盗聴した友人も拘置所に留置された。

 盗聴罪というものは存在しないため、警察は電波法違反や住居侵入罪、電気通信事業法違反など、関連する罪で摘発する。盗聴に関する犯罪は、通常、生活安全課が担当する。ところが、友人が逮捕されたのは警視庁捜査二課だった。

 捜査一課は殺人や強盗、誘拐などの強行犯を担当し、捜査三課は空き巣や万引きなどの犯罪、捜査四課は暴力団などの取り締まりを行う。そして、捜査二課は知能犯事件を担当する部署である。政治家や官僚の汚職、業務上横領、詐欺や背任などの企業犯罪を扱っている。ちなみに汚職は「サンズイ」という隠語で呼ばれて、業務上横領(ギョウヨコ)や詐欺(ゴンベン)、背任(セナカ)よりも格が上だといわれている。汚職の役人を捕まえるのが捜査二課の使命なのである。

 今回の事件も政治家が絡んでいる可能性があったようだ。武井の逮捕で手打ちになったのは、大物政治家からの圧力があったのかもしれない。 “サンズイ”を挙げることを信条としている捜査二課が、電気通信事業法違反で武井と関わった探偵の立件だけで折れた。それだけでも、何かしらの強い力が働いたと考えることもできる。

 その友人は、電気通信事業法違反で、懲役一年、執行猶予三年の有罪判決を受けたそうだ。

 2007年に探偵業法が施行された。警視庁のホームページによると、「探偵業法は、探偵業について必要な規制を定めることにより、その業務の適正を図り、もって個人の権利利益の保護に資することを目的としています」と書かれてある。要するに、人に迷惑をかけないように、そして適正に探偵業を行うための法律である。

 探偵を生業にするためには、探偵業届出を公安委員会(実際には所轄の警察署)に提出しなければいけない。真鍋の事務所の壁にも掛けられていた「探偵業届出証明書」がないと、探偵業は行えない。

 それでも、いまだに高額な調査料を請求したり、違法行為を行っている探偵社も実在する。反社会的勢力とつながりのあるところもある。そのようなところでは、今でも盗聴が平然と行われているのかもしれない。