探偵コラム

探偵のミス――発覚と失尾

映画のような活劇(実話)

 夜の8時、女性(対象者)が銀座四丁目の交差点で信号待ちをしていた。10メートルほど後ろには探偵がいる。人が多いとき、探偵は対象者に近づく。人混みの中だと近づいても気づかれることは、まずない。

 ところが、近づこうと思った瞬間、女性は振り返り、こちらに向かって歩いてきた。探偵は慌ててスマホを取り出し、メールを打つフリをする。顔を上げず、対象者の足だけを見ていた。女性の足は探偵とすれ違い、後ろに去っていった。道を間違えたのかもしれない。少し安堵して振り向くと、真後ろで女は探偵を睨みつけていた。

 女は探偵の腕をつかみ、「撮ってるよね? 撮ってるよね?」と、怒りと恐怖に満ちた形相で問い詰めてくる。

 探偵は「はぁ〜? 撮ってるって何? あんた、自意識過剰なの?」とごまかすが、女は恐ろしい眼のまま「じゃあ、警察に行きましょう。なんでもないんでしょ、警察に行きましょうよ」と、さらに詰め寄ってくる。「警察を呼んでください、誰か警察を呼んでください!」と女が叫び始めたところで、探偵は頭が真っ白になった。

 探偵は女性の腕を振り払い、何も考えずに走り出した。

「助けてください! あの男を捕まえてください!」という悲鳴に反応し、近くにいた男たちが次々と走り出した。20分ほど走り回っても、男たちは後ろから追ってくる。

 探偵の息があがってきた。探偵は小さな路地に入り、小刻みに曲がって逃げ切ろうとする。目についたダンボールやポリバケツを騒がしく投げつけて、追手の走路を妨害する。ところが運悪く、探偵は袋小路に入ってしまった。

 逃げ道はない。闘うしかない。探偵は三人の男と向かい合った。どの男も屈強な身体つきをしている。それでも探偵は、最初に向かってきた男を一発で倒す。他の二人は一瞬怯み、どちらが先にいくか目配せし合っている。狭い路地なので二人同時に殴りかかることは難しい。

 探偵は先に動いて一人の男の腹を蹴り、その隙に袋小路から抜け出した。追っ手の気配がなくなった頃、前にスーツ姿の男の背中が見えた。邪魔だと思いながら横を通り過ぎようとしたときだった。スーツ姿の男は探偵のほうを振り返り、胸ぐらをつかんで足を払った。探偵の身体はふわっと浮いて、地面に叩きつけられた。

 探偵は、追いついてきた連中に取り押さえられ、まるで神輿のように担ぎ上げられた。男たちは、探偵の両手両足をしっかりと持って、「捕まえたぞ! 捕まえたぞ!」と勝どきを上げている。

 探偵の耳には、パトカーのサイレンがぼんやりと聞こえていた。

探偵のタイプによる発覚型と失尾型

 調査対象者を尾行することは、探偵にとって日常的な業務である。尾行でのミスには大きく2つある。

 発覚と失尾である。

 発覚とは、先の銀座での捕り物のように、対象者に存在がバレること。浮気をしている対象者はやましい思いがあるためか、無意識にまわりを警戒している。探偵がいないか、というよりも、知り合いがいないか気にしているのかもしれない。

 失尾とは対象者を見失うこと。満員電車から降りたときや道を曲がったときなど、一瞬でも対象者を見失うと致命傷になる。

 実は、探偵のタイプによって、発覚型と失尾型に分けられるという。発覚のミスばかりする探偵、失尾を繰り返す探偵……。そこには探偵の性格が関係しているそうだ。

 発覚型の探偵は、対象者との距離を詰めすぎてしまうタイプ。近づきすぎて対象者に不審に思われて発覚する。

 一方の失尾型の探偵は、気づかれたり発覚したりすることを恐れて、対象者との距離を開けすぎてしまうタイプである。距離ができるため、対象者が角を曲がったら姿を見失いやすい。

 調子に乗りやすかったりポジティブ思考だったりする探偵は発覚型。慎重でネガティブな探偵は失尾型である。失尾型の探偵に聞いたところ、歴20年の間で「発覚」されたのは1度か2度しかない、らしい。

 別の40代後半のベテラン探偵は、満員電車では対象者の服をつかんでおくと言っていた。そうでないと、降りるときの人の流れで見失うことがあるのだという。

 慎重な探偵もいれば、大胆な探偵もいるのである。

「静」から「動」への変化

 失尾するタイミングにもパターンがある。ある30代中盤の中堅探偵は、次のように語っていた。

「失尾するシチュエーションは、だいたい静から動に変わるときなんですよ。初動もそうですけど、例えば電車に乗っているとき、これは静ですよね。駅に着いて人混みに紛れて動き出したら、見失っていたということもよくあります」

 初動とは、対象者の最初の行動のこと。大概は、自宅や会社から出てくるときだ。何時間も張り込み(静)をしていると、対象者が出てきた(動)ときに、見失うケースが多い。緊張感を持ってずっと出入り口を眺めていることは、想像するだけでも過酷である。暑い夏や寒い冬の時期は特にそうだろう。

 また、同じ探偵がずっと張り込みを続けているわけではなく、別の探偵と交替することもあれば、途中から新たに一人加わることもある。現場の状況を引き継いだり、説明したりしていると、監視の目が緩んでしまい、失尾に繋がるという。

 物事が動き出したとき、つまり変化が起きたとき、探偵に緊張感が走る。対象者がUターンしたとき、急に立ち止まったとき、角を曲がったとき、自転車に乗ったとき、レストランに入ったとき、そしてホテルから出てきたとき……。

 変化が起きたときを見逃さず、予期せぬ行動であっても冷静にその後の展開を予測して動く。そこに探偵としてのセンスが問われるのだそうだ。

 先の40代後半のベテラン探偵は、たとえ発覚したとしても、なんとでも言い逃れられると言っていた。張り込み中に警察に通報されても、適当な言い訳を瞬時に思いつくそうだ。だからこそ大胆になれるのかもしれない。

 

 さて、最初の銀座で捕まった探偵だが、駆けつけてきた警察官に引き渡され、現行犯で逮捕。留置場で一晩過ごすはめになった。探偵が捕まったことが珍しいのか、取り調べ室には何人もの警察官が興味本位で覗きに来たそうだ。